子育ての工夫 育児エッセイ

【実体験】女の子育児への「勝手なイメージ」にモヤモヤ…。周囲の決めつけをさらっと受け流す、私の処方箋

待ちに待った赤ちゃんとの対面。「元気に生まれてきてくれた、それだけで100点満点!」……そう心から思っているのに、ふとした瞬間にかけられる周囲からの言葉に、チクッと胸が痛んだことはありませんか?

私自身、女の子の出産が続いたときに、こんな言葉をかけられたことがあります。

「お父さん、家で肩身が狭くなっちゃうね」

「女の子続きで旦那さんが可哀想」

「女の子なら育児も楽でいいじゃない」

わからない人
わからない人
5児母
5児母

…………。

相手に悪気がないのはわかっていても、まるで「男の子ではないこと」を残念がられているような、あるいは自分たちの育児の大変さを軽く見られているような……。せっかくの幸せな気持ちに、冷や水を浴びせられたような気分になりました。

性別は選べるものではないし、何より目の前のわが子が愛おしい。それなのに、なぜ外野の声に振り回されてしまうのでしょうか。

今回は、私が実際に言われてモヤッとした「性別への決めつけ発言」を振り返りながら、そんな心ない言葉をどう受け流し、自分たちの幸せを守っていくかについて、私なりの心の整え方をお話ししたいと思います。

今、同じような言葉にモヤモヤを抱えているママやパパの心が、少しでも軽くなれば嬉しいです。

なぜ「女の子続き=パパが可哀想」という言葉が生まれるのか

春に毎年開かれる健康ウォーク。今年も父と一緒に約10kmのウォーキングに参加した三姉妹(三女4歳は今回が初参戦)

女の子が続くと、示し合わせたかのように周囲から飛んでくる「お父さん、肩身が狭くなるね」「パパが不憫」という言葉。言われるたびに「えっ、どうして?」と首を傾げたくなりますよね。

私も人からこんな言葉を言われるたびになんだかモヤモヤとしていましたが、こうした言葉の背景には、少し古い「家族のステレオタイプ」が根強く残っているのかもしれないと考えるようになりました。

例えばこんなステレオタイプ・・・

  • 「男の子がいれば、パパと一緒にスポーツができるのに」という思い込み
  • 「将来、女性ばかりの家庭ではパパの居場所がなくなる」という昭和のドラマ的イメージ
  • 「跡継ぎ」という古い価値観がどこかに残っている

でも、令和の今のパパたちは、娘と一緒にスイーツを楽しみ、ヘアアレンジを覚え、誰よりも「パパ、大好き!」と言われることに幸せを感じている人がたくさんいます。外野が想像する「不憫なパパ像」と、家の中で実際に起きている「幸せな日常」には、大きなズレがあるんですよね。

実際にうちのパパはプリキュアもポケモンも大好き。娘たちともよく盛り上がっています。

5児母
5児母

実際に言われてモヤッとした「外野の言葉」と、その裏側にあるもの

私がこれまでに言われて、特に胸にチクッと刺さった言葉を振り返ります。皆さんも、こんな経験はありませんか?

「女の子は育てやすいから楽でいいよね」
育児の大変さを「性別」だけで片付けられてしまう寂しさ。実際は活発な子もいれば、繊細な子もいます。私自身、3姉妹の時点ですでにキャパオーバー気味で、毎日必死だったのですが……。「楽だから」という言葉で、自分の頑張りを過小評価されるのは本当に辛いものでした。

言わずもがなですが、女の子と一口にいっても個人差も様々です。わが家も三姉妹いますが、性格も育てやすさもまちまちです。

5児母
5児母

「次は男の子だといいね」
第四子を妊娠している際に言われた言葉です。元気に育っている娘たちがいるのに、まるで今の幸せが「未完成」で、男の子が生まれて初めて「完成」するかのような言い方にもやもや…。次が例えまた女の子であろうと、初めての男の子であろうと、元気に生まれてきてくれるだけで十分です。


「(女の子ばかりで)お父さん、可哀そう~」
冗談半分で言っているのだと思いますが、驚いて返す言葉もありませんでした。そしてこれについては本人である夫に聞きました。

5児母
5児母

私って何か可哀想なことしてるのかな……?

???そうなの?俺、可哀想なの?(笑)

5児父
5児父


二人で顔を見合わせて「はて?」となってしまいました。当の本人が全く不憫に思っていないのに、外野が勝手に悲劇のヒーローに仕立て上げる不思議。それ以上考えるのは時間の無駄なので、話はそこまででした。


「お父さん、肩身狭いね」
これもよく言われますが、冷静に考えるとメリットも多いはず。例えば家族旅行で温泉に行ったら、パパは一人で優雅に広々と湯船に浸かれるわけです。それに、うちのパパは女子率が高くなるだけで肩身が狭くなるほどヤワではありません。心の中で「勝手に弱弱しいパパ像を作らないで!」と全否定していました。

「我が家流」の幸せの形を、自分たちで決める

最終的に、その家庭が幸せかどうかを決めるのは、通りすがりの誰かでも、親戚の誰かでもありません。そこに住むお父さんとお母さん、そして子どもたち自身です。

「女の子だから」「男の子だから」という枠組みにとらわれず、私たちが大切にしたいのはこんな視点ではないでしょうか。

ポイント

  • 性別というフィルターを外して、その子自身の「個性」を愛でる
  • パパが「娘たちの唯一無二のヒーロー」になれるチャンスを楽しむ
  • 他人の物差しではなく、自分たちの「幸福度」を信じる

女の子ばかりの家庭には、特有の華やかさや楽しさがあります。外野の声に振り回されそうになったら、一度深く呼吸をして、目の前の子どもの寝顔を見てみてください。そこには、他人の言葉なんて介入できない、100点満点の幸せが確かに存在しています。

まとめ

性別にまつわる周囲の言葉は、時に鋭いナイフのようにママの心を傷つけます。でも、そんな言葉にあなたの育児や家族の価値を決めさせる必要は、どこにもありません。

「元気で生まれてきてくれて、ありがとう」

そのシンプルな想いだけを胸に、外野の声は「BGM」程度に聞き流してしまいましょう☝️

私たちの幸せは、私たちが作っていくもの。今日もしなやかに、自分たちのペースで育児を楽しんでいきましょうね!

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5児母|フリーランスライター

生まれも育ちもずっと千葉県。
三姉妹と二兄弟、5人きょうだいの母。
産後の食欲が止まらず、
心も身体も緩みっぱなしの38歳。

2018年からの7年間で5人を出産。
年子・多子育児の中で、時間と体力の
やりくりを日々試行錯誤してきました。

2025年、専門商社での会社員生活
(勤続15年)に区切りをつけ、
現在はフリーランスライターとして活動中。

5人育児で実際に試してきた時短の工夫、育児グッズの活用法、家計と時間の整え方などを、実体験ベースで発信しています。

自身の経験(多子育児・キャリアチェンジ)が、誰かの「なんとかなるかも」という希望に繋がれば幸いです。

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