
わが家には5人の子どもがいますが、実はどの子の時も、性別がわかる時期の健診では必ず伝えてきたことがあります。
「性別は教えないでください」
5人のうち3人(次女、三女、長男)を取り上げてくださった産院の院長先生が、まさに同じ考えの持ち主。「健診は、赤ちゃんの命に関わるもっと大事なことを調べるためのもの。性別は生まれてからのお楽しみ」という方針を徹底されている方だったのです。
ベビー用品の準備が大変じゃない?
どっちか気にならない?
と、周囲からはよく聞かれましたが、わが家には、不便さを上回る「3つの理由」がありました。
目次
性別を聞かなかった3つの理由

周りから「よく我慢できるね!」と言われることもありましたが、私たち夫婦にとってはメリットの方がずっと大きかったのです。その理由は大きく分けて3つあります。
① 性別よりも「赤ちゃんの健康」が第一だから
産院の先生の「検査はもっと大事なことを調べている」という言葉通り、エコーの画面で私たちが一番知りたかったのは、性別ではなく「元気に育っているか」ということでした。
心臓は動いているかな?大きさは週数通りかな? そんな風に、命そのものと向き合う時間を大切にしたかったのです。「無事に生まれてきてくれれば、どちらでも最高に幸せ!」という原点に、毎回立ち返ることができました。
② 夫の実家から受け継いだ「素敵なバトン」
実は、夫の実家も「生まれるまで性別を聞かない派」でした。夫自身も、そして義兄妹たちも、みんな生まれて初めて性別がわかったのだそうです。
夫から当時のドキドキした話を聞くうちに、「すごくロマンチックで素敵だな」と自然に思えるようになりました。家族の文化として、このワクワクする伝統をわが家でも繋いでいきたいと思ったのも、大きな理由のひとつです。
③人生最大の「サプライズ」を自分の目で!
何と言っても一番の理由はこれです!長い陣痛を乗り越え、ついに赤ちゃんが誕生したその瞬間。
わが家がお世話になった産院では、先生が「性別は〇〇ですよ」と口にするのではなく、まずは私に「お母さん、よく見てください!」と、赤ちゃんを間近に見せてくださるスタイルでした。
出産直後の興奮状態で、しかも眼鏡もしていないぼんやりした視界の中、私は「じーっ」と目を凝らして確認します。その瞬間にすべてが解き明かされるドキドキ感は、人生最大のサプライズでした。
思い返せば、5人それぞれにドラマがありました。
あらかじめ知っていて「確認」するのではなく、出会った瞬間に自分の目で「知る」。 ぼやけた視界の中で新しい命の形を必死に探したあの時間は、何度経験しても代えがたい、わが家の宝物です。
毎回性別を予想するのですが、当たったことがありません……。
特に女の子が続いた後の、長男誕生には驚きました!
名前がなかなか決まらない問題

さて、ここで一つ大きな問題が浮上します。
それは、「生まれるまで名前が決まらない」ということ!
私の夫は「超」がつくほどの頑固者。一方の私は、それに負けないくらいの優柔不断。
そんな夫婦の結論はいつも、「まだ顔も見ていないのに、名前なんて決められない!」でした。
数日間は「赤ちゃん」呼びがわが家の定番
性別がわからない上に、夫の「顔を見てから決めたい」という強いこだわりがあるため、生まれるまでは候補すら挙げません。
その結果、わが家では子どもが生まれてからの数日間、名前が決まるまではずっと「赤ちゃん」呼びが定番。 「赤ちゃん、お腹空いたかな?」「赤ちゃん、よく寝てるね」 病室でそんな会話をしながら、私たちはじっくりと目の前の新しい命を観察するのです。
父から贈る、最初で最高のプレゼント
わが家の名付けのプロセスは、いつもこんなステップで進みます。
ステップ1:誕生の瞬間を、全身で受け止める
まずは、生まれてきた奇跡そのものを存分に大切にします。その子の第一声、ぬくもり、表情。その瞬間を夫婦でしっかり共有することが、名付けの始まりです。
ステップ2:夫による「インスピレーション」と「漢字」の選定
誕生の余韻の中で、夫がその子に「しっくりくる漢字」やイメージをじっくりと紡ぎ出します。
ステップ3:響きと語呂の「調整」
名字との相性や呼びやすさを考え、夫がいくつかの候補をリストアップ。
ステップ4:夫婦で「最終決定」
夫が出した候補の中から、最後は優柔不断な私も一緒に「これだ!」という一つを選び抜きます。
私には、ずっと大切にしているイメージがあります。
生まれて初めての贈り物である「命」は母から。 一生を共にする「名前」は父から。
お腹の中で10ヶ月間、命を育んできた私。そして、生まれてきたその顔を見て、真剣に名前を紡ぎ出す夫。 退院する頃にようやく決まるその名前は、夫婦で役割を分担して贈った、世界に一つだけの特別なギフトなんです。
まとめ:どちらでも、わが家に来てくれた奇跡に変わりはない
実は、第一子の長女を授かった当初は「本当は性別に合わせた可愛いお洋服を、あらかじめ用意してあげたいな」という迷いもありました。
けれど、二回目、三回目……と出産を繰り返すうちに、その迷いは「ワクワク」へと変わっていきました。 出産準備で、性別を問わない真っさらな「白」や「黄色」の新生児服を一枚ずつ水通しして、干していく時間。
「いよいよだなぁ。今回は、どっちかな?」
そう思い馳せながら準備をするひとときは、私にとって最高に贅沢で幸せな待ち時間でした。
準備の工夫よりも、待つ楽しみを
確かに、お洋服やベビー用品の色選びには少し工夫が必要です。でも、それを遥かに上回る「待つ楽しみ」がわが家にはありました。
性別を知ってから出会うのも、もちろん素敵な形です。 でも、あえて「生まれるまでのお楽しみ」にしてみる。
それは、「どちらの性別であっても、わが家に来てくれた奇跡そのものを全力で愛でる」という、私たち夫婦なりの覚悟と楽しみ方だったのかもしれません。
5人の子どもたちが教えてくれた、この「最高に幸せなサプライズ」。
準備のしやすさも大切だけれど、あえて『聞かない』ことで見えてきた景色もありました。
もし、どちらにしようか迷っている方がいたら、こんな風に『生まれてからの答え合わせ』を家族で楽しむ時間も、一生の思い出になるかもしれません。